廃業に伴う顧客・ファン・従業員の悲喜こもごも

「突然お気にいりのお店や会社が廃業してしまった!」
ここでは経営者・従業員以外の一般の方の廃業についての声を紹介します。

お気にいりのお店や会社が廃業してしまってショックだったエピソードを教えてください。

  • 近所にあったお蕎麦屋さんが突然廃業されました。頻繁に通っていたわけではなく年に二三回行く程度ですが、子供の頃からあったのでショックでした。店主の方が高齢になったということが理由だそうですが、毎日前を通って通勤していたので休業の張り紙を見た時なんとなく悲しかったです。ーサキコ(40代女性)ー
  • 子供の頃から祖母の家に遊びに行くと買いに行っていたタコ焼屋さんのことです。おばちゃんが一人で経営していて、大人になってからもたまに買いに行ってました。おばちゃんは子供の頃からずっと変わらず元気で、「いつもありがとう」とおまけで1個多く入れてくれたりしていました。数年前にふと買いに行ったとき、シャッターが閉まっていて、休店日なのかと思ってあきらめて帰ろうと思っていたら、張り紙があることに気づき、見てみると閉店のお知らせでした。子供にも食べさせてあげたいと思っていたのですごくショックでした。ーちんちろりん(30代女性)ー
  • 私が会社員時代の話です。20代前半の趣味は、友人との居酒屋巡りでした。地元の情報誌やネットで探しては、飲み歩いていました。料理もおいしく、雰囲気がよい居酒屋はたくさんありましたがリピートしたいお店にはなかなか出会えませんでした。そんな時、大学時代の友人の誕生日会をすることになりました。会場となった居酒屋は、全個室ですべての部屋の作りが違うところが特徴的でした。京料理がメインで味付けは上品ですが、気軽に楽しめるところが好みでした。古民家風の店内はゆっくりとくつろげ、居心地の良さは抜群でした。それ以来、すっかりそのお店を気に入った私は何度もこの居酒屋を利用しました。予約をしなくても、二人位ならすっと通して貰えるところも良かったです。
    デザートとお酒のみ注文することもありました。しかし、ある日夜にその居酒屋の前を通りかかると、閉店のお知らせの貼り紙が。理由は明記されておらず、廃業理由は不明です。
    気軽に利用できるお気に入りの居酒屋だったので、とても残念です。その後も様々なお店へ行きましたが。私がリピートして通った居酒屋は、その一軒だけでした。ーみんと(30代女性)ー
  • 学生時代によくいっていた和菓子屋さんが閉店していました。ーふまり(30代女性)ー
  • ごひいきにしていた、会社が廃棄になってしまったと言う事はとても残念に思います。ーminiー
  • いつも通っていたラーメン店が廃業になりました。それなりに人気店だったのに。ーとんたー
  • 自宅近くにあった温泉施設が廃業してしまいました。
    露天風呂や休憩所などがあり、価格も手ごろだったので残念でした。ーtake(50代男性)ー
  • 近所にある、チェーン店ではない35年続いた個人経営のラーメン店がありましたが、調理師の健康的・年齢的な理由により、数年前に閉店しました。
    オススメは味噌系ラーメンとタンタン麺でしたが、他のラーメンも美味しかったです。
    立地的にはそれほどいいわけでもなく、駐車場も4台分と、なかなか、厳しい条件の店舗でしたが、近所の評判だけではなく、ネット上の評判も高評価でしたが、ある時、突然店頭に閉店の張り紙があり、ショックを受けました。
    後継者となる調理師がいないらしく、やむない閉店であることは仕方ないのですが、何らかの形で続けて欲しかった反面、味が変わってしまってまで続けるのもまたショックを受けたのかなと思います。
    現在は看板が外してある状態で、店舗自体は残っているので、もしかしたら、数年したら別の飲食店が入るかもしれませんが、立地的によほどの店ではない限り、厳しいと思います。
    ーこうたん(40代男性)ー
  • ある大型スーパーの駐車場の一角にあった傘修理の店(ご夫婦で営んでいました)が廃業してがっかり。張り替えや骨の修理もできて、そこいらの応急修理しかできない店とはまったく異なるレベルの高さでした。※ご主人が70代半ばで廃業。ーこづえ(60代女性)ー
  • よく店の前を通っていて、よくある喫茶店だと思っていましたが、ある日ランチで入店。ただの喫茶店ではなく、ご夫婦で経営の個人レストランで、メニューもパスタからステーキコースまで豊富。初めてだったので、日替わり900円を注文しました。ライス、味噌汁、天ぷら、ローストビーフ、サラダ、おでん、茶碗蒸し、プチデザートと品数が豊富な上に全て手作りで美味しくて感動しました!パティシエの息子さんが作るケーキも美味しくて、お茶に食事にと通いました。しかしある日女将さんから「息子に譲ってこれからはケーキ中心のカフェになる」と言われてしまいました。食事が大変美味しかっただけにとても残念でなりません。ーみちよ(50代女性)ー
  • 個人で経営している小規模の居酒屋の料理が好きでよく行っていました。お客さんも多く繁盛しているように見えましたが、本日お休みします。の張り紙が張り出されていて、その日だけの休みかと思っていましたが、その日からずっと営業しなくなりました。ーはな 30代 女性ー
  • 長年通っていたコーヒー専門店が閉店(廃業)しました。行きつけがなくなってとても残念でした。ートシロウー
  • 近くの銭湯がつぶれてしまいました。ーrrrr【20代男性】ー
  • とにかくここのチャーシューメンはすごかったのです。チューシューの量が半端じゃありませんでした。普通にラーメンを頼んでも5枚程乗っています。チャーシューメンは,最大で15枚程のっていました。またこのチャーシューがうまい!うまくなければ二度と行きませんけどね。一体何度リピートしたことか,本当になくなって残念です。ーららよ(50代男性)ー
  • 神保町にある天丼の老舗「いもや」が2018年3月いっぱいで閉店の運びとなりました。創業から60年以上、リーズナブルな価格でおいしい天丼が食べられると評判のお店でした。(店員があまりにもぶっきら棒で感じが悪いことでも有名でした。)
    お店には常に客足が絶えることがなく、私も月に1度は必ず通っていたのですが、店主が高齢のため廃業することになったのです。もうあの天丼が味わえないと思うと残念です。感じの悪い接客すら懐かしく感じます。ーひげっちー

  • 私が生まれた頃からあったラーメン屋が廃業してしまいました。徒歩3分の距離にあり、昔から定期的に通っていたのでショックでした。ーまさお30代男性ー
  • 当時一番好きだったブランドがある日突然倒産。
    そのブランドのデザインは他には無いものばかりだったので凄くショックでしたーかなみ(20代)ー
  • 家のまあまあ近くのスーパー。野菜とかが結構安く、品質も悪くなかったので、地元では人気のスーパーでした。
    ただ、いつも通る通り道にある訳ではなく、ある日久々に通ったら、張り紙がされて、差し押さえ状態でした。ガラス張りで見える店内は、食品以外はそのままの状態で、急だったことが伺えました。ーみー(30代女性)
  • 経営が上手く回らなかった。ーツカサー
  • 友人の結婚祝いにあげた地元(北海道)の手織物を主とした素敵な雑貨小物のメーカーがその後の友人の感想などからかなり良いものだとわかり、自分も欲しくなって購入しようとそのホームページに行ったら、もうなかったということです。ーマダムピー(50代女性)ー
  • 20年前、結婚で引っ越しをしました。それまでの間、学生時代によくよく通っていたのが『絵描座』という喫茶店。「新宿とか銀座、恵比寿なんかの中心地じゃないのにこんなお洒落で落着いた喫茶店があるなんて!」と心底思えるほど素敵な喫茶店でした。色々あって、実家に戻って来た20年後、こつ然とその喫茶店は社交ダンススクールに変貌。実家の家族も「いつの間にか看板がなくなってた」という程、本当にあっという間に、さりげなく姿を消してしまったのです。今や喫茶店らしい喫茶店がなく、あるとしてもチェーン店ばかり。そのお店は食器がものすごく素敵で、例えば銀座の喫茶店に行ってもなかなか出してくれないようなカップ&ソーサーだったんです。パンメニューなんて「うさぎの耳」なんて独創的でかわいい名前が付いていて、本当にお店とお客様を大切に迎えたいというオーナーの思いが伝わってくる素敵なお店でした。私がこれまで通いたいと思えたたった一つの喫茶店。なくなってしまって本当に残念です。ーまゆみ(40代)ー
  • 自分の勤めていた食堂部門が採算が合わないため、廃業。
    大盛サービスなど好評だったのに残念。ーyuu 30代男性ー
  • 会社の上司に連れられて昼飯として初めて行ったんです。函館ラーメンです。入店した瞬間に店主が絶叫していたんです。気合が半端ないんです。ラーメンはそりゃあもうめちゃくちゃうまかったんです。すっかりはまったんです。一人でもよく行くようになっていたんですが、突然、閉店。理由も何もわかりません。手がかりなし。もやもやしまくりです。異常に気合が入った店主様だったのでなんかそっち系統のトラブルなのかなとかもやもやです。もう一度食べたいあの味。いまごろあの気合の塊の店主様はどこでなにをされているのやら。もやもやです。ー貴(30代男性)ー
  • 気に入ってたレストランがなくなっていたーみちー
  • 地元で長年、利用していた百貨店が閉店しました。幼いころはよく、家族でデパ地下から被服売り場、雑貨売り場、おもちゃ屋などを回り、最上階のレストランで食事をするのが日曜の楽しみでしたが、最近は郊外に大きなショッピングモールができたせいもあり、足を運ぶ機会がめっきり減っていました。ーもんたー
  • その近辺では一件だけで、遊びに出た時や飲みの帰りにはよく立ち寄っていた駄菓子屋さんでしたが、店主が病気で亡くなってしまい、お店を閉めてしまう事に。お店が亡くなってしまったこともですが、店主の方が亡くなってしまったこともとてもショックでした。ーみよこー
  • 小さいころからおばあちゃんの家の近くにある焼き鳥屋さんが大好きでした。おばあちゃんの家に行くと毎晩のように焼き鳥屋さんに行き、そこの大将に遊んでもらいながら焼き鳥を食べていました。そんな焼き鳥屋さんも大将の体調が崩れ営業が出来なくなりました。とてもショックで今でも焼き鳥屋さんの味が忘れられません。ータケノコ(30代男性)ー
  • とても腕の良い整体師さんのいる整体院に長年通っていましたが、ある時突然閉院のお知らせが来ました。
    院長を務めていたその整体師さんが病気で半身不随になってしまい、廃業せざるを得なかったと風の噂で聞きました。ーアリー(30代女性)ー
  • ランチが美味しくて、人気があったお店でした。
    場所が悪かったのか、ディナー営業が曜日限定になり、いつの間にか無くなってしまいました。
    ランチタイムもそのうち短縮し…となり、閉店してしまいました。ー30代女性、梨子ー
  • 学生時代から好きで通っていたラーメン屋がありました。
    しかし社会人になり生活圏が変わってしまったため数年足が遠のいていました。
    ある日、当時そのラーメン屋を一緒に利用していた友人と久しぶりにそのお店に向かうと空きテナントになっていました。ーゆぱぱー
  • 大学時代にとても良くして貰ったお店が在りました。卒業して年に一回行って居たのですがマスターが脳卒中で倒れ、以後奥さんが店を継いで居ました。行くととても喜んででくれて、私も嬉しくなるほどでした。毎年暮れになると行って居たのですが、その年の暮れに手見上げを持って行った処店は無く、更地になっていました、一年に一度なので連絡する事も無く何処かへ行ってしまったのです。とてもショックでした。ーpeluve8246 60代 男性ー
  • 幼少期から通っていた駄菓子屋さんが、県外に就職して、しばらくぶりに実家に帰省して行ってみた際に、跡形もなく無くなっていたことがあります。ーさち(30代女性)ー
  • 実家に帰省するといつもあった食パン。おじいさんが焼いてくれる素朴な味の食パンです。お店を構えているわけではなく、なじみ客がお家に買いに行きます。ときどき、その窯を利用して焼いてくれる焼き芋もおいしかったです。3年ほど前、おじいさんが、体力の低下ということで終了の憂き目に。しかし常連客の圧倒的な復活を希望する声に、値上がりはしたものの再度販売開始。そこから1年。もう限界とのことでやむなく完全に終了しました。ーあこ(40代女性)ー
  • 近所でよく食べに行っていたうどん屋さんが店じまいしてしまった。ーととろ(40代男性)ー
  • 気に入っていた雑貨屋さんが、ある日突然に。
    毎日会社の帰りに寄って、一息つかせてもらいながら、ワクワク見させてもらっていたので、ショックでした。ーエクレア(30代女性)ー
  • 家の近所に小規模な寿司屋のチェーン店があり、ネタの種類も豊富で値段もお財布に優しいのでよく家族や友人と利用していたのですが、ある時を境に廃業してしまいました。
    足しげく通うほどおいしいお店だったので残念です。ーゆう (10代女性)ー
  • 商店街に古くからあった和菓子屋さん(お団子などを売っていた)が、去年お店を閉めました。
    子供の頃から知っているお店だったので、とても残念でした。
    ーりこ(40代女性)ー
  • 行きつけのカフェが駅周辺の再開発で閉店してしまいました。喫煙可でセルフサービス、コーヒーな200円で飲めてケーキセットが450円というリーズナブルだけどそっけなくて薄暗くてそこが居心地良かったのに…。ー解放された胸のペンギン(20代女性)ー
  • 久しぶりに行ったマッサージ店が数日後に閉店し、県外で別事業を立ち上げることを知った。ーあんー
  • 会社近くの和食屋さんで、海老フライ定食が美味しいと評判で、同僚と週1でランチに行っていました。高齢のご夫婦で営まれていて、愛想が良く、いつもドリンクやデザートをサービスしてくれました。ーにゃんこ(30代女性)ー
  • いつも妻とランチで伺っていたビュフェ形式のイタリアンのお店。外観も良く味も良かったためひいきにしていました。しかし、ある日行ってみると明かりも消えており、貼り紙で廃業を知りました。ーたくお(30代男性)ー
  • 子供のころから通っていた、いわゆる町の中華料理屋さんがあったのですが、廃業されたことがとてもショックです。目玉焼きがのった五目焼き飯が絶品で二度と食べられないと思うと心にぽっかりと穴が開いたようです。ーさとし(40代男性)ー
  • 近所でつけ麺屋さんがオープンして、人生初めて「常連」として行くお店ができて嬉しく思っていたのに、ある日突然廃業してしまった。ーりんー
  • 子供の頃から通っていたお肉屋さん。
    良くコロッケを買いに通っており、上京して地元を離れてからも帰省するたびにここでしか食べることが出来ないと、必ずコロッケを食べていました。
    数か月ごとに帰省していますが、ある日訪れると既に廃業していました。
    後継者がいなかった事で続けることが出来ない状況にまでなっていたようです。子供の頃からと考えると自身も歳を重ねたんだという思いと、最後に味わうこともできず本当にショックでした。ーペンネーム:りん(20代女性)ー
  • 地元(田舎)にあったラーメン屋さんが大好きで行きつけでした。ボリュームが多く味もおいしく、週末の昼時はいつも5人ぐらい並ばないと入れない人気店でした。店主はおそらく70代のおじいちゃんで、おばあちゃんと二人でお店を切り盛りしていました。繁盛はしていましたが、古く痛んだお店は改修される事もなく、いつも不思議に感じていました。そんなある日、いつものようにお店に行くとお葬式を目にしました。また、廃業のお知らせをしりました。誰が亡くなられたかは分かりませんが、後継ぎがいない為の廃業でした。お店が改修されないのも、後継ぎがいないためだと確信しました。ーペンネーム:むーちゃ(30代男性)ー
  • お気に入りのアパレルショップで、そこの店長さんを信頼して通っていました
    その店長さんは、ありきたりな接客ではなく、似合わないものは似合わないと言ってくれる人で、私の洋服の7割りはその店長さんで揃ってたと言っても良いくらい信頼を寄せていました。
    私が引っ越して遠くなった為、通いづらくなり、しばらく行かなかった間になくなって違うショップが入っていました。
    そのブランドの違う店舗を覗いてみたりしたのですが、その店長さんに会える事はありませんでした。ーみかこ 40代女性ー
  • おばあちゃんと呼べる年代の方が野菜たっぷりの具の餃子のお持ち帰り専門店をしていて、よくその餃子を買っていました。
    しかし、お年ということでとうとう廃業してしまいました。
    今となっては味わえない、懐かしの味です。ー食いしん坊ー
  • 14年ほど通っていてお世話になっていた模型屋さんでしたが、トラックが店内に突っ込み、建物の再建ができず廃業になってしまいました。ーTIIMー
  • ある日ハガキで、閉店のお知らせが来ました。ーばっくわいるど(20代男)ー
  • 最寄りの駅前にあった、ちょっとお洒落な海外製の商品も沢山扱っていたコスメショップが、ある日廃業してしまいました。
    他のチェーン系にはない独自のラインナップが好きだったので、とても残念でした。ーさくら(30代女性)ー

「廃業」の原因は何でしたか?

  • 廃業の理由は知らない 17
  • 経営者の健康問題(死亡・病気・年齢的な理由など) 15
  • 業績が悪いなど経営的な理由  10
  • 後継者がいない 9
  • 建物の老朽化、立ち退き、災害 7
  • 事業内容の変更など 4
  • 従業員がいない、あつまらない  2
  • 不祥事 0
  • その他 2

(回答者50人中)

あなたが一番心に残っている”廃業”は?

  • 「はれのひ」の廃業です。ーひげっちー
  • 山一證券 ーみー(30代女性)ー
  • 山一證券 ーさとし(40代男性)ー
  • ずいぶん昔になりますが山一証券。あんな大企業でもあっという間に廃業になるんだ、とショックでした。 ーあこ(40代女性)ー
  • ふるい話しですが、「北海タイムス」という新聞社の廃業、「北海道拓殖銀行」の廃業ですね。 ーマダムピー(50代女性)ー
  • 船場吉兆 ーサキコ(40代女性)ー
  • スペースワールド廃業はかなり驚きましたが、最後のイベント等の盛り上がりや廃業を惜しみ駆けつけるお客さんの数には素晴らしいと思いました。ートシロウー
  • スペースワールドが閉園してしまったことがとても衝撃的でした。ーゆう (10代女性)ー
  • リーマン・ブラザーズ ー食いしん坊ー
  • ダイエーの廃業 ータケノコ(30代男性)ー
  • エキスポランド ーペンネーム:むーちゃ(30代男性)ー

廃業といっても経営破綻による”倒産”も含まれますが、「一番心に残っている”廃業”」の例です。
山一證券が廃業したのは1997年。日本の「旧・四大証券会社」だった同社の廃業は衝撃だったようです。

”廃業”されて困ったことは?

「ショック」「悲しい」だけではなく、廃業によって直接的なダメージを被る場合もありますよね。

  • 直接取引をしていた会社の直接取引をしていた会社の廃棄です。ーminiー
  • 自分が勤務していた輸入販売店の廃業ーみちよ(50代女性)ー
  • 働いていたお店が廃業ーかなみ(20代)ー
  • 仲良していたのに何も言わに廃業してしまった事です、一言在っても良いのでは無いでしょうか。ーpeluve8246 60代 男性ー
  • 営業マン時代、一番お世話になっていた会社が経営不振で廃業ーたくお(30代男性)ー
  • 自分の勤めていた会社が倒産したことーペンネーム:りん(20代女性)ー
  • クリーニング店が突然潰れて、出していた洋服と払ったお金が戻ってこなくなり泣き寝入りするしかなかったことです。ーはな 30代 女性ー
  • 働いていたお店が業績悪化でもないのに経営者の都合で閉店した事ーみかこ 40代女性ー

ごひいきのお店と共に思い出す青春の日々…そんな思いでも消えてしまいます。

  • 小さいころから通っていた喫茶店の廃業。ーみんと(30代女性)ー
  • 子供の頃から利用していた地元百貨店が、ある日突然廃業してしまったこと。ーtake(50代男性)ー
  • 30年前にコーヒーのおいしさを教えてくれた六本木の水出しコーヒーの喫茶店が廃業していた。ーこづえ(60代女性)ー
  • 仕方ないが近所の駄菓子屋ーyuu 30代男性ー
  • 廃業とは違うかもしれませんが、ビクトリアステーションというプライムリブが美味しいレストランがありました。子どもの頃よくねだって連れていってもらったものです。日本ではダイエーの傘下にありたしたが、ダイエーの経営悪化に伴い、切り捨てにあいました。贔屓にしていた店舗は閉店のその日まで、行列ができる店舗だったので、店長さんもすごく残念そうでした。ー30代女性、梨子ー
  • 贔屓にしていた八百屋さんが店主の高齢に伴って閉店した。ーアリー(30代女性)ー
  • 学生時代から通いつめていた、個人経営のカラオケ店が廃業してしまったのは、時代の流れを感じ寂しくなりました。ーさくら(30代女性)ー

いかがでしたでしょうか。
中には経営破綻による”倒産”の例もありますが、「後継者がいない」ことで廃業を考える経営者の皆様は、これらお客様の声を”回避する方法”を忘れないでください。

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